piano-treeの日記

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終わるのはテレビ(テレビ広告)ではなくそもそもブランディングだ、という話

テレビがつまらなくなったと言われて久しいです。実際につまらなくなったかどうかは別として、私自身事実ほとんどテレビを見なくなったし、テレビの視聴者は2015年までの過去15年で800万人程度減っていると言われています。広告費を原資に面白いコンテンツを作って人を集め、更なる広告主を募ってそれをまたコンテンツ制作の原資に回す、というテレビのビジネスモデルは早晩終焉を迎えるのでしょうか。

 

これには二つの見方があって、一つはそれを肯い、インターネット広告とインターネットメディアが近い将来それに取って変わるのは自明の理だと考えるもの。もう一つは、そういう大きな流れは認めるものの、リーチの広さやメッセージの伝達性でインターネットがテレビに追いつくのはまだまだ先のことで、そうなったとしてもテレビの役割は依然ネット同様重要であり続ける、というものです。結論を急げば、私はどちらの意見にも与しません。

 

日本におけるテレビ広告の市場というのは、2000年〜2001年頃をピークとして毎年5〜10%づつ縮小を続けましたが、2009年に底を打ち、それ以降は実は毎年微増、つまりむしろ成長しています。インターネット広告が本格的な成長軌道に乗るのも、テレビ広告が底を打ったのと同じ2000年〜2001年頃で、つまりネット広告はテレビ広告の領域を食いつぶして成長しているわけでは必ずしもないのです。単純に数字だけ見れば、ともに成長している、ともとれます。

 

そして、本邦においてはテレビCM市場はいまだインターネット広告市場の3倍以上の規模を誇ります。インターネット広告がテレビ広告を市場規模で追い抜くのはまだまだ先のこと、このままのペースでは10年近くかかる見込みです。その意味では、データから見れば、まだまだテレビは終わらない、という見方に歩があります。アメリカにおいてはネット広告はもう既にテレビ広告(ネットワーク&ケーブルの合計)の市場規模に肉薄しており、イギリスではすでにネットがテレビを追い越しましたが、いずれもテレビ広告の市場は下げ止まりを見せ、リーマンショックの落ち込みからの反動もあり成長軌道にある点では共通しています。たとえばアメリカでは、広告だけでみてもケーブルテレビの市場規模がネットワークと同程度あり、ケーブルテレビ自体はサブスクリプション(月額制)だったりペイパービュー(都度課金)だったり複数のレベニューソースがあるので、そもそも同じテレビといっても国をまたげば単純比較はできませんが。

 

それでもインターネットが早晩テレビを凌駕する、という見方が根強いのは、インターネット広告の圧倒的な先進性がテレビ広告を時代遅れに見せるためです。テレビ広告では広告の効果を調べるには市場調査によるほかないですが、インターネット広告では購買までをトラッキングできることも多く、さらには複数の広告がある場合、ある広告の間接的なアシスト効果まで定量化できます。テレビ広告では「若い男性」くらいの粒度でしか対象をターゲティングできませんが、インターネットでは「競合メーカーのディーラーを訪問した人と、その人たちと似たサイト閲覧行動を持っている人」というくらいまで細かくターゲティングできます。最先端の全自動洗濯機が10万で買える時代に誰が1,000万で洗濯板を買うでしょうか?という話です。

 

そして事実、冒頭で述べたようにテレビの視聴者は減りインターネット利用の時間シェアはモバイル中心に爆発的に増えています。それなら本当に、いったい誰がテレビ広告なんて買うのか、とマーケターでなくても思われるでしょう。そんななかで、先に述べたように我が国においてテレビ広告は依然インターネット広告の3倍以上の市場規模なのです。そして同じく上で述べたように、しばらくその関係は逆転しそうにありません。なぜこのようなことが起こっているのでしょうか。

 

欧米、特にアメリカに比べ広告主側のマーケターや広告代理店がデジタルを理解していないから。人的投資、システム投資など広告代理店のデジタル対応が大幅に遅れているから。というのが、インターネット広告擁護陣営の論調です。マーケティングにおけるアメリカのトレンドは、タイムマシーン的に2〜3年遅れで日本に入ってくるので、日本でもアメリカで進んでいるようなデジタル化の大きな波が早晩やってくる。それまでの時間の問題だ、というわけです。しかし、欧米でもテレビ広告への投資は下げ止まり、むしろインターネット広告とともに成長しています。すべての広告がインターネット広告に置き換わる、などということは数年単位では到底起こりそうにありません。なので、マーケターや代理店におけるデジタル化の遅れ、というのは問題の本質ではありません。

 

私はインターネット企業でサービス開発をしていたこともあり、インターネットを理解した企業側のマーケターだと思いますが、それでもマーケティングのデジタル化というのはなかなか思う通りには進みません。一番の原因は、はっきり言ってしまうと、テレビ広告が依然効果的なわけではなく、実はインターネット広告「も」あまり効果的ではないためなのです。少なくとも、物凄く効果があったケースとテレビにおける平均的な効果を比較しても、そこには最新型洗濯機と洗濯板ほどの差はありません。最近やっぱりテレビってだめだけど、(期待していろいろ試した)ネットも変わらないよね、というのが実は多くの広告主の本音なのではないでしょうか。

 

ダイレクトレスポンスと呼ばれる、ECなどで購買を促進する広告は、インターネット広告はうまくやればかなり効果がありますが、商品の認知や想起を創るブランディングとと呼ばれる領域、企業の広告販促費の大半を占めるこちらのエリアでは、ネット広告の効果は、よく言ってテレビ広告と大差はないです。繰り返しますが、決してテレビがよい訳ではありません。テレビもダメならネットもだめ、という状況です。ターゲティングをどれだけ科学的に精緻にしても、結局それだけでは人の心は動かせないのです。これは、同僚の話を聞くとアメリカでもイギリスでもそうだと実感しますし、今後どれだけテクノロジーが進んでも変わらないと思います。

 

こういうとコピーライターやクリエイティブディレクターなど、広告代理店のクリエイティブの人たちは大喜びしますが、だからといってクリエイティブが大事、ということを言いたいわけではありません。ただ単に、感動・爆笑・驚きなどとても大雑把に、かつ一時的に心を動かす(そしてアワードで賞を取る)ことだけを目的として、ブランドの課題を何ら解決しない広告クリエイティブが跋扈しているのは悪しき風潮です。「あるブランドを、洗練され創造的でありながら人に寄り添った人間味のあるブランドだと感じ、それを記憶に書き込み、商品が必要になったときに助成なしに想起してもらう」など、マーケターが必要とする心の動きは至極複雑です。そもそもそんな心の動きを人工的に作り出すことが可能なのでしょうか。

 

それはとてもとても困難で、絶望的なまでの時間と体験の集積が必要とされる問題です。ブランドの課題が単純な認知(しってるかしらないか)の問題だったり、知名度・安心感の問題に留まっていた数十年前までは、広告によるブランディングなどということも可能だったのかもしれません。しかし今や、ネット広告であれテレビ広告であれ、いかなる広告も高度に複雑化したブランディングの課題を解決できません。だからこそテレビ広告もきかなければ、ネット広告も同様にきかないのです。しかし、利益の〇〇%と慣例的に設定されているマーケティング予算を消化して自分の仕事を守るべく、マーケターは日々テレビにインターネットに広告予算を配分し続けるのです。テレビ広告への投資がどこの国でも一定のレベルで下げ止まるのはそういう訳です。どちらにせよ効果がないのであれば、そして他に選択肢がないのであれば、テレビにも一定程度予算の配分は続けるでしょう。つまり、テレビやネット云々ではなく、広告によるブランディングそのものが終焉しているのです。

 

そもそもブランディングというのは広告だけの話ではまったくなく、商品コンセプトやパッケージ、価格、販売チャネルを始めとしたいわゆるマーケティングの4P全てを総動員するべき活動ですが、そこ(マーケティング活動全体)にすら留まりません。対従業員のブランディング(インターナルブランディング)を通じて、すべてのステークホルダーの(顧客だけではなく)タッチポイントにおけるブランド体験を集積していく、という文脈においては人事や営業、IRの領域でもあり、そこで作られたブランド価値を資産ととらえるなら財務の話でもありえます。そうして創られたホリスティックでマッシブな体験の集積があってはじめて、人の心は動き書き換えられます。

 

このような意味でブランドを構築するには、つまりあらゆるタッチポイントで共通したブランド体験をものすごい量集積していくには、なかば強権的にすべての企業活動を統制する強烈なカリスマ的リーダーシップが必要です。アップル、アマゾン、テスラなど、今世紀になって強固なブランドを築いた企業の裏にはこの強烈なリーダーシップが共通しています。もう一つの方法は、消費者や従業員自らにブランド価値を共創・構築してもらうやり方です。レゴやグーグルが大きな例ですが、ここには小さな成功例がいくつもあるはずです。いずれにせよ、それらはもやは伝統的な意味における、広告マンの言うところのブランディングではありません。企業経営そのものです。その意味で、ブランディングの時代は終わった。終わったのはテレビではなく広告におけるブランディングそのものなのです。そんななかでマーケターの役割は何なのか?ということは、とても大きなテーマなので次のエントリーに譲ります。